2008年11月29日 (土)

■「源氏物語」:光源氏の墓?

「源氏物語」の登場人物の中でお墓があるのは唯一「夕顔」と思われていました。ところが驚いたことに、「光源氏」のお墓が存在することが分かりました!!

「夕顔」のお墓は堺町松原上ルにひっそりとあります。民家の中にあり、拝観することはできませんが、家の柵の中にひっそりと石碑が立っています。

Yugao

京都観光ガイドでいろいろ紹介されていますのでご存知の方も多いでしょうが、「光源氏」のお墓があったとは初耳ではないでしょうか。

所在地は明かすことができないのが残念です。当方もまだ見ていません。「源氏物語」に縁のところにあって、個人の方がお守りをしておられるとのことです。

写真でも公開して頂けると嬉しいのですが。

「源氏物語千年紀」は今年で終わりのようですが、当方では地道に「源氏物語」関連投稿を細々と継続してゆきたいと思います。
様々な困難があり挫折で皆様にご迷惑をおかけしてしまいsました。ゴメンナサイ。

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2008年9月27日 (土)

朝ドラ“だんだん”で舞妓さんが注目されそう

NHKの新朝ドラ“だんだん”が9月29日から始まります。

,・奈の双子が出演し、一方が舞妓さんの役を演じるとのこと。

いま京都五花街には舞妓さんが101人。近年は増加傾向にあるようです。

全国の乙女たちがTVや修学旅行、ブログなどで華やかな舞妓さんを見て、胸キュンとして夢を膨らませて舞妓さんになりたいと京都にやってきているようです。

東京のカワイイが東のトレンドなら西のカワイイの象徴は舞妓さんかな。原宿を歩いても、渋谷109にいても舞妓さんはやはり一番目立つだろうな思うのです。そうおもうと舞妓さんは昔から思いっきりハデハデで、あの様式を考え出し育成してきた人々の創造力には感心してしまいます。

祇園界隈は観光客の皆さんが毎日のようにカメラを構えており、特に外国からの観光客に囲まれたときは大変です。30人50人が一斉に舞妓さんを取り囲み、フラッシュ撮影しています。さながら有名な芸能人がパパラッチに追いかけられているような光景が見られます。外国の観光客には舞妓さんと芸妓や素人の舞妓さんとの区別がつかないようで、大変な賑わいです。

舞妓さんを見かけたい場合は祇園だけでなく、近くの宮川町でも見かけることができます。白木の御茶屋さんが立ち並んでおり祇園とはちがった趣があります。観光化されていないのがいいですね。

ところでいつも舞妓さんを見かけて思うのは、舞妓さんと宝塚ジェンヌ。両者とも華やかで彼女らのようになりたいという乙女たちの胸ときめは似ているだろうと。

しかしその後の道のりは正反対になっているようで考えさせられます。次回にはそのことをちょっと考えてみたいと思います。

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2008年5月10日 (土)

ミシュラン、京都で苦戦!!(1)

鳴り物入りで日本上陸を果たしたミシュラン。
「MICHELIN GUIDE 京都」は幻に???

「MICHELIN GUIDE 東京」が話題をさらったことは
記憶に新しいところです。
そのミシュランが「MICHELIN GUIDE 京都」版を出そうとして
覆面調査員の皆さんが京都の名だたる料亭を食べ歩いていたようです。

春先、例の如くミシュランの覆面調査員の方々が
著名な料亭や割烹を回り、食事後に
「実はこれこれで・・・」と身分を明かし、
こちらのお店を推挙したい旨を告げたようですが、
想定していた返事は返ってこず・・・。
「思わぬ壁」の前に立ち往生をしているようです。

「思わぬ壁」とはまさに京都論そのものと言えましょう。

とある例から。
嵯峨野にある高級料亭にミシュラン派遣の二人の覆面調査員が出向。
食事後に、料亭のご主人に身分を明かし、
推挙したい旨を明かすと、そこのご主人は
「それは大変名誉なことで、ありがとうございます」と快諾されたといいます。

しかし、2、3日後にミシュラン側に辞退したい旨を伝えたといいます。
ミシュラン側の★に込める意義・定義などと
京料理(日本料理)のもつそれとは意味合いが異なるのではないか
という疑問を持ったためだというのです。

何気なく聞いているとふむふむなるほどと思うのですが、
よくよく考えると根っこに京都が培ってきた文化風土があるように思われます。

この問題は京都検定とは一味違った
「京都論」が潜在していると思えます。
さて皆様はどのようにお考えになりますか。

次回はこの問題のキーワードを見つけながら
筆を進めて行きたいと思います。

話しは変わりますが、フランス本国ではフランス語版
「MICHELIN GUIDE JAPON」が出るとか。
これには京都の料亭が掲載されるのではないかと予測されます。
なぜ「MICHELIN GUIDE JAPON」なら可能なのか、
推理小説のようですが、
もうひとつの京都観光ガイドの知的な?遊びとして
Pensez s'il vous prait.

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枝垂桜の下で舞妓さん舞う。

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2008年3月19日 (水)

奈良大和路観光・ビデオ散歩:お水取り

関西の春はお水取りと共にやってくる。
しかし、毎年ハイライトの3月12日は寒の戻りで冷え込むのですが、
ことしはあたたかでした。

お水取りの松明が二月堂に乱舞するまで、
興福寺、猿沢池、飛火野、高畑あたりをビデオ散歩。

京都のキメ細かさとは違った骨太の魅力に溢れていました。
奈良大和路のすべてが伽藍のようで
悠久の時間を感じさせてくれます。

奈良が好きな方は大和路の写真家故・入江泰吉さんを
ご存知だと思いますが、
彼の写真記念館「奈良市写真美術館」が新薬師寺の横に出来ていました。

白亜のモダンな建物で、入江さんの作品が展示されていました。
一見の価値があるでしょう。
なんと3月23日まで入場無料です!!
のんびりと散策がてらに訪れてみてはいかがでしょう。

飛火野は仔鹿の草を食む姿も愛らしく、まさにバンビーちゃん。
青柳の芽も芽吹いてくる頃です。
春ですね。

さて夜の二月堂付近は観光客で超満員。
撮影スポットを確保するのも一苦労です。

Omizutori

Taimatu
携帯画面より。

松明をかざす火祭りですが、
雄大さは奈良ではでしょう。
当方の元気広場携帯ビデオ「奈良大和路観光・ビデオ散歩」で
様子を配信しています。(有料)

プロフィールのQRコードがどうぞ。

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2008年3月18日 (火)

京都観光ガイド:雪舞う幻想の景色

2月はよく京都に雪が舞いました。
例年にない降雪でした。

10年に一度といわれる貴重な冬景色をビデオクリップにしました。
携帯ビデオで配信しておりますのでご覧下さい。

Rokaku
寺院に降りしきる雪。

Suiboku
東山連峰が水墨画の世界に。

Yukishu
雪と朱色の対比が鮮やかでした。

Gionyuki
祇園白川の巽橋界隈の雪化粧。

いずれも携帯画面から抽出しました。
プロフィールのQRコードからアクセスして下されば
ご覧になれます。(有料)

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京都観光の幕開け:京都東山花灯路

今年も「京都東山花灯路」が始まりました。
温かな日が続いているためか、今年の人出は多いようです。
毎日が土日に匹敵するほどの混雑ぶりです。

産寧坂もご覧の通り。

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TVでおなじみの八坂の塔はライトアップされ
いつもとはちがう表情を見せています。

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3月23日まで開催です。
詳細は
http://www.hanatouro.jp/

元気広場の携帯ビデオで様子を配信しております。
「狐の嫁入り行列」「舞妓さんの人力車行列」も
配信予定です。お楽しみに。

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2008年3月 7日 (金)

平安時代の行商人:市女

平安時代の行商人:市女(いちめ)

先に東西南北に大きな公設の市場あったことを書きましたが、
もの売りは市場だけではなく、女性が頭に商品を載せて行商も行っていました。
あやしげな市女もいて、蛇を魚と偽って売っていたり、
鮨鮎に反吐を混ぜて売っていた者もいたといいます。

都の入り口にあったためか、地方からやってきたものを宿に斡旋する
市女もいて、その役割はひろかったようです。
なにやら「安寿と厨子王」の世界が垣間見えるようです。

でも多くは善男善女だったのではないでしょうか。
心の成り立ちは現代とあまり変わりのない世界だったかも・・・。

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2008年3月 6日 (木)

■京都観光ガイド:「ながし雛」 下鴨神社

京都観光ガイド:下鴨神社の「ながし雛」

由緒ある下鴨神社のお雛祭りは「ながし雛」といい、
形代(かたしろ)のわら人形に、穢れ、不幸、苦痛、苦悩などを刷り込めて
川に流す習いとなっています。
宮中で行われていた本来の意味での行事かもしれません。

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当日は若い女性が多く、熱気むんむんでした。

十二単、束帯という正式ないでたちが古式ゆかしさを
醸し出していました。
また
宝鏡寺の尼僧様、舞妓さん、園児らなどがながし雛を行い
雛人形を並べる現代の3月3日とひと味もふた味も違っていました。

もちろん雛壇はありましたが、

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意外と質素ではないかと思われました。

平安時代の香る一日だったような気がします。

様子を「元気広場」の携帯ビデオで配信します。

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2008年2月26日 (火)

平安時代の市場

平安時代の食事はどんなものだったんでしょう?

あまり伝わってきませんね。
グルメな時代だったという訳ではあまりなさそうです。

市もそんなに発達していなかったのでははいかと
思えてしまいます。
しかしあにはからにや、
平安時代に都には大きな市場が二つあったのです。

一つは現在の西本願寺のところにあった「東市」で
現在の西本願寺とほぼ同じ広さの市場がありました。

もう一つはJR嵯峨野線「丹波口」駅の南西に
「中央卸売市場」がありますが、それをもう少し西に行った
七条と西大路の角にあった「西市」で、
「東市」と同じ広さの市場がありました。

都の市として店子が集中していたために、様々な物が売られ
かなりの賑わいをみせていたようです。

紫式部も買物に行ったことがあるでしょうか。
平安のまちを知り尽くしていた式部のことですから
ネタ探しに行ったことはあるでしょうね。

しかし、身分が高かったので、
自分で買物をすることはなかったでしょう。

式部はどんな物を食し、
好物はなんだったろうかと思いを巡らしてしまいます。

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2008年2月20日 (水)

平安時代の暖房は?

「雨水」となって寒さがゆるみ始め、
冬至のころより日中の長さが長くなり始めためか、
夜の灯火にぼんやりとした感じがみられ
春めいた気がしてきます。

いまは暖房器具が沢山あり楽チンですが、
平安時代の頃は大変だったでしょうね。
清少納言の「枕草子」には炭桶や炭びつが出てきますが、
せいぜいその位だったから、寒かったでしょう。

「源氏物語」には暖房器具のことはあまり出てこないようで
実用的な記述がほとんどないようです。
これも紫式部の美意識の表れでしょうか?

彼女は冬「源氏物語」を執筆中は
部屋を締め切り、厚着をし、火桶に手をかざしながら
もくもくと執筆していたのでしょうね。

家事一般はお手伝いさんがやってくれていたでしょうから。

「源氏物語の世界~イメージと資料~」はhttp://www.genkihiroba.net/

またはプロフィールの携帯用QRコードからどうぞご覧下さい。

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«「源氏物語」では雪は貧窮・荒廃、霊異の表徴